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ノンアルコールビール戦争での各企業の販売戦略

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ノンアルコールビール戦争とは?

大手のビールメーカーから新製品が次々と発売され、ノンアルコールビールのシェア争いが非常に激しかった、2009年4月から2017年頃を指します。なんとこの8年間で、シェアトップの交代が三回起きる等、激しい競争が起きていました。

「ノンアルコールビール戦争」とはソバキュリ!サイト内の造語であるため、その他のサイトや本では見なれない言葉かもしれません。この「ノンアルコールビール戦争」の各社の行動を、若干学術的にまとめてみました。

なぜ、ビールメーカー各社は激しい競争を行ったのか?

なぜ、ビール製造業者がこれほどまでにノンアルコールビールの市場の参入に踏み切り、激しい競争を行ったのでしょうか。

その理由は、ノンアルコールビールが、酒税のかからない「清涼飲料水」に分類されるためです。完全ノンアルコールビールの先駆けである「フリー」が発売した年のキリンホールディングスの2009年12月期の連結経常利益は、従来予想を約70億円上回り、前の期比46%増の約1,500億円となりました。この利益は過去最高の数値であり、酒税がかからず採算の良い「フリー」のヒットが寄与したと分析されています(「日本経済新聞朝刊」2010.1.7)。

そのため、販売量が減少し続けるビール事業の代替策として、各ビール製造業者が成長市場かつ利益率の高いノンアルコールビール事業に力を入れることは当然のことなのです。

販売戦略の概要

企業が他社の製品に対して自社の製品を販売する戦略としては、大きく分けて差別化と同質化が挙げられます。この製品の差別化と同質化を研究した論文がMoon(2010)です。

この研究では、カテゴリー内の競争が激化するにつれて、競い合う企業は群れとなり、周囲の企業がともに同じ方向を目指して、同じ行動を取るようになることを示しています。要するに、企業の行動および製品が同質化しているのです。

その完全な同質化を嫌った各々の企業が差別化を意図して製品を開発することを、「製品の拡張(product augmentation)」と呼び、製品の改善および新製品の販売による「価値の提案(value proposition)」を行います。

このように「製品の拡張」を行うことで、企業が市場セグメントを増やしていく状況を「異質的同質性(heterogeneous homogeneity)」と呼びます。この異質的同質性の進展とともに、そのセグメントは徐々に有名無実化していき、そのカテゴリーは選択肢の激増と意味ある違いの縮小という最悪の状況に転落していくのです。こうしてMoon(2010)では、過度の拡張や過度の競争を、コモディティー(同質)化の要素となり得ると結論付けています。

またCooper(1995)では、日本企業が外部環境に対し反応の早いリーンな企業であることや、技術普及が急速であるために、自社を他社から差別化することができず、同じ行動による正面衝突を避けられないとしています。これは、製品の同質化が、ノンアルコールビールの市場以外においても、日本のどの市場においても発生する可能性があることを示しています。

各社の販売戦略の解説:キリンの独壇場時代

日本におけるノンアルコールビールの革新的な製品は、2009年4月に発売されたキリンの「フリー」です。当時は完全ノンアルコールビールの「フリー」は大ヒットしたため、それを受けて各社が同質化戦略を行いました。

まず、2009年9月にサントリービールの「ファインゼロ」とアサヒビールの「ポイントゼロ」が発売されました。味以外でのこれら製品の特徴としては、「フリー」と同じくアルコール分が0.00%ということです。

これは、特徴が似たような製品を販売するという同質化戦略と言えます。なんとなく名前も似ていますね。

また、同じく2009年9月にはサッポロが「スーパークリア」を発売しました。この製品も「フリー」と同じくアルコール分が0.00%ということで、同質化戦略の一つであると言えます。

しかし、この「スーパークリア」には、「フリー」や他社製品と明確に異なる二つの特徴があります。それは、他社製品と比較し糖質を抑えたことと、カロリーを四割近く下げたことです。これは、サッポロビールが差別化を意図してアルコール分0.00%以外の特徴を加えた製品を発売しているという点で、単なる同質化戦略ではないのです。

このサッポロが行った同質化戦略を、先行研究であるMoon(2010)の「異質的同質性」という言葉に倣い「異質的同質化戦略」と呼びます。

各社の販売戦略の解説:サントリーのシェア急拡大

サッポロビールの「スーパークリア」に対し異質的同質化戦略を行ったのが、短期間でシェアを伸ばしたアサヒビールとサントリービールです。

アサヒビールは、2010年8月に「ダブルゼロ」を発売しました。この製品の特徴は、アルコール分が0.00%に加えて、製造の過程で麦汁を使用せず麦芽エキスを用いることでカロリーをゼロにしたことです。この製品は、カロリーカットという特徴を持つ「スーパークリア」に対する異質的同質化戦略であると言えます。

また、同じく2010年8月にはサントリービールが「オールフリー」を発売しました。

この製品は、「ダブルゼロ」の特徴であるアルコール分ゼロとカロリーゼロに加えて、糖質までゼロにした特徴を備えます。発売のタイミングで考えると、これも「スーパークリア」の対する異質的同質化戦略であると言えます。

一方、キリンビールはシジミ900個分のオルニチンを含むことを前面に打ち出した製品である「休む日のAlc.0.00%」を発売しました。この製品は「スーパークリア」から大きく差別化を行うことを意図して開発されたと考えられ、アルコール分ゼロ以外の共通点がありません。

四社の新製品全てが発売された結果として、2010年でのシェアはキリンビールがトップであったものの、サントリービールが30.6%と、キリンビールの寡占状態であった市場でシェアを奪いました。サントリービールの製品販売が好調である一方、アサヒビールとサッポロビールはシェアが10%に満たず、苦戦しています。

苦戦するサッポロビールは2011年3月に「プレミアムアルコールフリー」を発売しました。これは、消費者の味に対する要望に応えて、ビール同様の原料である麦芽100%の麦汁にアロマホップを75%以上使用することで、ビールらしいコクや苦みを実現した製品です。

しかし、またしても新しい製品に対する異質的同質化戦略を行ったのはサントリービールでありました。

サントリービールは2011年12月に「オールフリー」の中身とパッケージをリニューアルしました。中身のリニューアルの内容としては、「プレミアムアルコールフリー」を上回るアロマホップの配合比率が100%である点です。この結果として、2011年の製品シェアはサントリービールが56.6%と過半数を握り、キリンビールからトップの座を奪いました。

短期間でサントリービールが売上を伸ばし、シェアトップに躍り出た理由は、同質化により他社の強みを打ち消した上で、さらにカロリーゼロや糖質ゼロ、アロマホップ配合比率100%という「製品の拡張」が消費者に受け入れられたためと言えます。このことは、サントリーが異質的同質化戦略を徹底して行っていたと言い換えることができます。

各社の販売戦略の解説:アサヒビールの時代へ

2012年からは、アサヒビールもシェアを伸ばし始めました。アサヒビールは2012年2月に水あめなどの糖類を中心に味つけすることで麦汁の余分な甘みを無くし、味をよりビールに近づけた「ドライゼロ」を発売しました。

同製品は麦汁を一切使わず、糖類や大豆ペプチド、ホップなどでビールの味を再現していることで、麦汁を発酵させないことで生まれる甘みや雑味を抑えています。加えてこの製品は、ろ過前に氷点下2度程度で貯蔵することで後味をビールの味に近づけているのでます。

「ドライゼロ」は販売が伸び続ける「オールフリー」の特徴を同質化せず、「味」という部分に特徴を持たせました。この「味」は、市場の仲介者であるスーパーのバイヤーが製品を評価する際に最も重要なものです(「日本流通新聞」2012.2.27)。2012年1月に日経リサーチが行ったスーパーのバイヤー調査では、「ドライゼロ」が一番高評価でありました。結果としてビールに可能な限り近づけた「ドライゼロ」の味がバイヤーだけでなく消費者にも受け入れられ、2012年のアサヒビールの製品シェアは29.1%と大きく伸ばすこととなりました。しかし、ビールにより近い「味」という特徴だけではサントリービールの牙城を崩すまでには至りませんでした。そのため、アサヒビールはサントリービールと同様の同質化戦略を打ち出すこととなります。

まず、2013年9月に「ドライゼロ」の中身を刷新し、糖質とカロリーをゼロにした。加えて、2015年3月にはプリン体ゼロの特徴を追加した「ドライゼロフリー」を発売しました。

こうしてサントリービールと同様に徹底された異質的同質化戦略により、アサヒビールはシェアを伸ばし続け、2017年にはシェアトップをサントリーから奪還しました。

まとめ

以上のように、ノンアルコールビールの市場では同質化戦略を中心とした企業の競争行動が発生し、激しいシェア争いが展開されました。特に、サントリービールとアサヒビールは積極的な異質的同質化戦略を行うことにより、同質化による他社の強みを打ち消した上で、新たな特徴を付与し一部差別化したことでシェアを伸ばしたのです。このシェアを伸ばすことを目的とした競争戦略の過程により、アルコールとカロリー、糖質ゼロといった製品の同質化が進んだと考えられます。

一方で、キリンビールやサッポロビールは他社の製品と大きく差別化を図るような製品を展開しましたが、シェア争いに負けたと言う点で、同質化された市場の製品とかけ離れた製品が消費者に受け入れられなかったと言えます。

参考

Moon, Youngme. (2010). Different:Escaping the Competitive Herd, Crown Business.

Cooper, R. (1995). When Lean Enterprises Collide,Boston,MA, Harvard Business School Press.

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